sunnyside21

アラスカの街角で君は笑った

渋谷のインターネット会社で働いてるasantaです。 音楽や映画やアニメやインターネットビジネスについて 気づいたことを忘れないように書いてみます。

13 10月

パラレルワールド

パラレルワールド、別の世界線。

ファンタジーなものに聞こえるけど実際身の回りの
見えないところに全然違う世界があったりするなとふと思った。

ちょっと違うコミュニティに顔を出した時に
全然違う価値観を持って仕事をしてる人たちに会ったり

外国人の友達に連れられて
日本人の全然いないコメディショーが家の近所で毎週行われてることを初めて知ったり
(しかもめちゃくちゃ面白い)

地元で観光客に人気NO1のレストランが
地元住民の肌感覚とかけ離れてることを知ったり

平日休みで出かけたデパートのカフェで
ひたすら別荘の購入について話をしている奥様方の会合を目にしたり

よく通る道沿いにゲイのハッテン場的なバーがあって、
エキサイティングなやりとりが発生してることを知ったり
(そして、そこに女性同士とも男女の間ともまた違う男性性を感じたり)

自分の生きてる世界はほんとに狭いんだなあと
感じて、そんな発見に少し感動したりもする。

自分の世界を持ちつつも
そんなちょっとしたパラレルワールドを少しづつ発見していきたい



6 10月

アルジャーノンに花束を

同じダニエル・キイス著の「24人のビリー・ミリガン」と併せて

学生の頃から大好きな本。

この間数年ぶり(5~6年ぶり?)に読んだ。

初めて読んだ時には

主人公チャーリィゴードンの、子供のように稚拙な文章が
少しづつ、確実に、進化するかのように大人びて鮮やかに花ひらいて
最後には誰も届かない高みへ登っていく、そのドラマティックな様子に心を奪われた

そして、情緒の成長をはるかに上回るスピードで
きっと世界中の誰よりも聡明な頭脳を持ってしまったチャーリィの葛藤

その苦しみや哀しみに、心を締め付けられた。
そして、退行していく運命の容赦なさ。

物語の中に私が入り込んで
チャーリィを慰めてあげられたらいいのに

そんな、もどかしさを感じたような記憶がある。

でも、今回読み返したときは、少し違うことを感じた。

チャーリィの、強さと
人格の美しさ。

自分が何者なのか、わからなくなるような恐ろしさを抱えて
苦しみながら、
また退行していくことを、受け入れつつも
やはり怯えたり、心が乱れたりしながら。

常人だったなら、全てを呪ってもおかしくないような状況

でもその中で、チャーリィは自分のなすべきことを為すこと、
世界でただ一人、こんな状況に置かれた人間として、のちの人々
(特にチャーリィがもともとそうだったように、障害のある人々)に残せるものを
自分の知能が限界を向かえるまえに全力で残していくことを選んだ。

そして、きっとそれを成し遂げた。
なんて強いんだろうと思った。

それができたのは、
アリス・キニアンが「あなたは昔から(知能が低くとも)何か内面に輝くものを持っていた」
と語った、そのチャーリィの人格の美しさ故だったのではないかな。と。

そんなことを今回読んでいて感じた。
そしていつものように、後半はひたすら泣きながら読んだ。

”ひとにわらわせておけば、友だちをつくるのはかんたんです。
ぼくわこれからいくところで、友だちをいっぱいつくるつもりです”

チャーリィゴードンは私のヒーローだと思った。


4 10月

【映画】ドリーム(Hidden figures)

話題になってる映画【ドリーム】観てきました。

よかったです!
これは世の中で働いてる全ての人におすすめ。

1960年代、公民権運動の真っ只中のアメリカ、
NASAで働くキャサリン、メアリー、ドロシー、3人の黒人女性が、人種差別(併せて、男女差別)
で自らの能力を発揮しづらい環境の中、実力と工夫、勇気を持って
それぞれのキャリアを勝ち得ていく、というお話。

3人の魅力的なキャラクターに加えて
当時、ロシアに有人宇宙飛行で大きく遅れをとり、
国の威信を掛けてそれに追いつき、追い越そうとしている
そのピリピリしたスピード感の描写も素晴らしく、一瞬も退屈しなかった。

そして、学ぶことが多かった。

差別とか偏見について言えば
もちろん、奴隷制度の流れからくる黒人差別は野蛮だ。

ただ、きっと当時でいえばそれが当たり前、
特に白人側ではそれに疑問さえ持たない人が多かったのだと思う。

その中で、この映画でいえば
声をあげたり、勇気と誇りを持って持って行動した黒人女性たちはヒーローだ。
(逆風の中で自分を信じて声をあげるというのはものすごく勇気のいることだ)

特に、技術者になるための学位を得るために、メアリーが嘆願書を持って
判事に訴えるシーンが素晴らしかった。
毅然として、誇りをもった、鮮やかで熱いプレゼンテーション。
(本気で今後の人生でのプレゼンの参考事例にしようと思った、、)

一方で、はじめはいじわるをしたり、彼女たちが活躍していくのを邪魔しつつも
最終的に彼女たちを認めていく白人の同僚たちも、
今までと違う考え方を受け入れた、という点で尊敬に値すると思った。

ケビンコスナー演じる本部長や、「キャサリンが計算するなら飛ぶ」
と言い切ったイケメンパイロットは、いわずもがな。
彼らは、本質を追求するために変革をしていける、真のプロフェッショナルなんだろうな。

単一民族国家の日本で、人種差別の肌感を正しく理解することは難しいと思うし
(例えばこの映画の中でcoloredと書かれている中には黄色人種も入るはずなのだけど、
私たちはそれを肌で感じた経験があまりに少ない)

2017年には当時と比べて女性の地位も格段に向上しているのは明らか。

ただ、差別や偏見は、その中でも日常の中に普遍的に存在している。

例えば男女、学歴、年齢、妊娠しているかしてないか、結婚しているかしてないか、
家族構成、経済状況。
社会的立場、肩書(例えば社会的立場の高い人=優れている、とそこで思考停止するのもある意味偏見なのかも)

あげればキリがないけれど、この映画をみて思ったのは
そういうものを作り上げているのは、私たち自身、1人1人のほとんどは悪意のない、意識。
(もしくはすでに無意識かもしれない)

ドロシーが、白人の女性管理職の「勘違いしないでね、偏見は持ってないの」
という発言に対して
「わかります。偏見を持ってないと信じていらっしゃるということは、わかります」
と返した。

そういうものが、多かれ少なかれ私たち1人1人の中にあるんだと思う。
そして、それは壊していけるものだと思う。
壊して、デモグラは関係なく、本質を追求するために(あるいは到達するべき目標のために、ということもあるだろう)それを取り払って行動していける。

きっとすごく難しいことだし
自分の作り上げた常識や、プライドを時には自ら壊したり
あるいは巧みに飼い慣らしていかなければいけないことだと思う。

でも、できることならそういう人になりたいなあと
この映画を観ていて思った。











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