同じダニエル・キイス著の「24人のビリー・ミリガン」と併せて

学生の頃から大好きな本。

この間数年ぶり(5~6年ぶり?)に読んだ。

初めて読んだ時には

主人公チャーリィゴードンの、子供のように稚拙な文章が
少しづつ、確実に、進化するかのように大人びて鮮やかに花ひらいて
最後には誰も届かない高みへ登っていく、そのドラマティックな様子に心を奪われた

そして、情緒の成長をはるかに上回るスピードで
きっと世界中の誰よりも聡明な頭脳を持ってしまったチャーリィの葛藤

その苦しみや哀しみに、心を締め付けられた。
そして、退行していく運命の容赦なさ。

物語の中に私が入り込んで
チャーリィを慰めてあげられたらいいのに

そんな、もどかしさを感じたような記憶がある。

でも、今回読み返したときは、少し違うことを感じた。

チャーリィの、強さと
人格の美しさ。

自分が何者なのか、わからなくなるような恐ろしさを抱えて
苦しみながら、
また退行していくことを、受け入れつつも
やはり怯えたり、心が乱れたりしながら。

常人だったなら、全てを呪ってもおかしくないような状況

でもその中で、チャーリィは自分のなすべきことを為すこと、
世界でただ一人、こんな状況に置かれた人間として、のちの人々
(特にチャーリィがもともとそうだったように、障害のある人々)に残せるものを
自分の知能が限界を向かえるまえに全力で残していくことを選んだ。

そして、きっとそれを成し遂げた。
なんて強いんだろうと思った。

それができたのは、
アリス・キニアンが「あなたは昔から(知能が低くとも)何か内面に輝くものを持っていた」
と語った、そのチャーリィの人格の美しさ故だったのではないかな。と。

そんなことを今回読んでいて感じた。
そしていつものように、後半はひたすら泣きながら読んだ。

”ひとにわらわせておけば、友だちをつくるのはかんたんです。
ぼくわこれからいくところで、友だちをいっぱいつくるつもりです”

チャーリィゴードンは私のヒーローだと思った。